英国紀行 Ⅰ
高級店のサービス
今回のイギリス旅行で行きたかったお店の中に、かのマーク・ヒックス氏のお店「HIX」があります。モダンな英国料理というジャンルはわたしの興味のある分野です。
おすすめランチは、羊のミルクで作ったチーズや、鹿肉のミートボールなど、どれも味わい深くいただきました。
店内のモダンなアートを見ながら雰囲気に浸りながら、このミートボールはちょっと胃にもたれるなと思い、そういえば夕方には、かの有名な「The Langham Hotel」のアフタヌーンティを予約していたっけな、と少しばかり心配になっていました。
1時半に昼食が終わり、一旦ホテルに帰って消化剤を飲んで一休みしてから行くことにしました。アフタヌーンティの予約は4時半。少しは時間があるなと、書類の整理をしたり、翌日の段取りをしたり。あっという間に2時間が過ぎ、お腹は必死で消化活動はしているものの満腹感はほとんど変わらず。やばい。
いっぱいのお腹を抱えながら、取りあえず地下鉄に乗らずホテルまでの6キロの道のりを歩いていくことにしました。この軽い運動によって少しでもお腹の中に隙間が生まれてくれればと思い、少し傾きかけた晩夏の日差しに照らされながら、ひたすら歩き続け、目的の「The Langham Hotel」に到着。ここがアフタヌーンティ発祥の「パームコート」かと少なからずの感慨を持ちながら、思ったほど減らなかったお腹を気にしながら一番奥のソファに通されました。
笑顔の素敵な男性のサービスマンにトラディショナルな紅茶でアフタヌーンティをオーダーし、しばし日本から持ってきた浅田次郎を読みながら待っていると、隣の席の陽気な話し声が聞こえてきます。
後でわかったのですが、ブラジル出身の底抜けに明るい奥様と真面目でおどけた感じのドイツ人の旦那さんと両方を足して2で割った息子さんの3人がお茶をしていました。隣の3人の大きな声に気になりながら本を読んでいると、先ほどのサービスマンがとても凝ったサンドイッチと可愛いスイーツのお皿を持ってきました。
その量に、これはとても無理とめまいが。丁寧な説明も上の空になり、さあ、食べなければ何も分からない。でも食べられない。と逡巡していると、ふと横のテーブルの陽気な奥様が、満面の笑顔に大きな目を輝かせて私のスイーツの皿を見つめています。パッとひらめいた私は、食べますか? と。少し考えた風の奥さんは、いいんですか?と返事。やった! これでスイーツは放棄して、サンドイッチだけを片付ければ良いと思った私は、人の好いアジア人然としてスイーツのお皿を彼女に渡しました。3人は大喜びで、これはおいしいと、あっという間に平らげました。これで満足とばかりに帰っていく3人の後姿を見送りながら、さあどのサンドイッチなら食べられるかを考え始めていると、かのサービスマンが少し憤慨した困った顔を作りながら、真新しい先ほどと全く同じスイーツの皿を私のテーブルに置いて、そしてウィンクしながら、いいんですよ、どうぞお召し上がりください。
思いだした! そういえば、あの白洲次郎がロンドンで愛用した「Claridge Hotel」のティールームもこんな感じで、格式と伝統に満ち溢れる中にも、フレンドリーで細やかなホスピタリティがあった。良いホテルのサービスほどきめ細やかで、感心することが多い。ここのサービスマンも大勢のお客様がいる中でも私のたくらみをしっかりと見ていてくれたのだ。
こうなったら食べるしかない。こんなに無理しておいしいものを、嫌々お腹一杯に食べたのは生まれて初めて。しかも、あのドイツ人の家族のあとに横に座った中年夫婦は、なぜかラザニアを食べだし、その匂いが一層わたしの胸を悪くしていきます。アフタヌーンティの時間帯になぜラザニア? と恨みがましい目を向けながら、ひたすら身体の姿勢をいろいろと変えながらトライしていきました。
味わうというより流し込むためだけに飲み続ける紅茶のために、かのサービスマンは、ティーポットに新しいお湯を入れてくれたり、何度も「おいしいですか」「楽しんでますか」と聞きに来てくれて、それはそれは「かゆい所に手が届く」素敵なサービスをしてくれました。しかしながら、今回のイギリス旅行は、この日の食べすぎがもとで胃腸を壊してしまい、胃薬を飲みながらの旅になってしまいました。